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心不全

心不全パンデミックの現実

現在、日本の医療界では「心不全パンデミック」という言葉が使われることがあります。これは、感染症のように人から人へうつるわけではありませんが、社会の高齢化に伴い、心不全の患者数が爆発的に増加している状況を指しています。心疾患は、がんに次いで日本人の死因第2位であり、その中でも心不全は最も死亡数の多い病態です 。ガイドラインに示された将来推計によると、心不全による新規入院患者数は2040年には年間25万人に達し、総患者数は2030年には130万人にのぼると予測されています 。  
この患者数の増加は、単に日本の人口が高齢化しているからというだけではありません。その背景には明確な因果関係が存在します。高齢化に伴い、心不全の主要な危険因子である高血圧、糖尿病、慢性腎臓病といった生活習慣病を持つ人が増加します 。これらの危険因子を持つ状態は、後述する心不全の「ステージA」に該当し、いわば心不全の”予備軍”です。この予備軍が増加することで、将来的に臨床的な心不全を発症する人々が必然的に増えていくのです。

心不全のステージを理解し進行を食い止める

心不全は、ある日突然発症する単一の出来事ではなく、長い時間をかけて進行していきます。この経過は、「病の軌跡」と呼ばれ、いくつかの段階(ステージ)に分けられます。このステージの概念を理解することは、ご自身の現在地を知り、これからの経過をより良いものにするために不可欠です。なぜなら、この経過の進行速度は、ご自身の行動によって大きく変えることができるからです。
「心不全診療ガイドライン」では、心不全の進行度をステージAからDの4段階に分類しています 。(図1、表1)

表1

表1


このステージ分類が非常に重要なのは、心不全が「症状が出てから始まる病気ではない」という事実を明確に示している点です 。ステージAの段階、つまり高血圧や糖尿病と診断された時点で、すでに心不全という病気は始まっていると考えることができます。日々の血圧測定や血糖管理は、単にその病気を治療しているだけでなく、「心不全のステージAを管理し、ステージBへの進行を防ぐ」という、より大きな意味を持つ行為なのです。
そしてこの経過を描いた、「病の軌跡」の図が示す最も重要なメッセージは、一度悪化して入院などを経験すると、心臓の機能は元のレベルには完全に戻らないことが多い、という点です 。症状が改善しても、以前より一段低いレベルで安定し、それを繰り返すことで徐々に体力が低下していきます。これが、心不全治療において「入院を防ぐこと」が最大の目標の一つである理由です。一度の入院は単なる一時的な体調不良ではなく、生涯にわたる生活の質を一段階下げてしまう可能性のある重大な出来事なのです。

自己管理の重要性

心不全の進行を食い止め、入院を防ぐために、薬物治療と並んで最も強力な武器となるのが、患者さんご自身の「自己管理(セルフケア)」です。心不全が悪化するきっかけの多くは、日々の生活の中に潜んでいます。そして、その多くはご自身の力でコントロールすることが可能です。
心不全が悪化するきっかけとなる、主な要因には、感染症や不整脈といった医学的な問題に加え、「怠薬(薬の飲み忘れ)」「塩分摂取過多」「過活動(無理な活動)」といった、患者さん自身の生活習慣に深く関わるものが挙げられます 。
これは、日々の行動が直接的に体調の安定、ひいては入院の回避に結びついていることを意味します。自己管理は、医師から勧められる「良い習慣」というレベルのものではなく、処方薬と同じくらい重要な「治療の一環」なのです。  
効果的な自己管理を実践するために、ガイドラインでは3つの柱が示されています。 

  • セルフケアメンテナンス(維持):病状を安定させるための日々の習慣です。
  • これには、処方された薬を決められた通りに飲む「服薬管理」、塩分や水分を適切に管理する「食事療法」、無理のない範囲で体を動かす「運動療法」などが含まれます 。  
  • セルフケアモニタリング(観察):自分の体の変化にいち早く気づくための日々のチェックです。具体的には、毎日決まった時間に体重を測ること、足のすねなどを指で押してむくみがないか確認すること、普段と同じ動きで息切れが強くなっていないかなどを観察します。
  • セルフケアマネジメント(対処):体の変化に気づいた時に、どう行動するかです。「体重が3日間で2kg増えた」「息苦しさが強くなった」といった危険なサインを認識し、安静にする、塩分を控える、そして何よりも「ためらわずにクリニックに連絡する」という行動計画をあらかじめ理解しておくことが重要です。

「心不全療養指導士」による支援

心不全という長く複雑な療養の過程において、患者さんやご家族が安心して日々を送れるよう、その行く先を照らし、時には手を携えて共に寄り添う伴走者の存在が不可欠です。当クリニックでは、その専門的な役割を担う「心不全療養指導士」が在籍し、患者さん一人ひとりに寄り添った手厚い支援体制を整えています。
心不全療養指導士とは、日本循環器学会が認定する、心不全の療養指導に特化した専門資格です 。看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士といった様々な医療専門職が、心不全に関する高度で統一された知識・技術を習得し、試験に合格することで得られる資格です。
心不全療養指導士が患者さんのために具体的にどのような役割を果たすのかご説明します 。  
療養計画の立案と実践サポート: 心不全療養指導士は、医師の治療方針に基づき、患者さん一人ひとりの生活背景、価値観、そして自己管理を妨げる可能性のある障壁を丁寧に評価します。その上で、無理なく続けられる個別の療養計画(食事、運動、服薬管理など)を共に考え、実践をサポートします。
病状の評価と早期対応の促進: 心不全の概念や病態を深く理解しているため、日々の体重や症状の変化から、心不全悪化の微妙なサインを早期に察知することができます。患者さんからの相談窓口となり、医師と密に連携して、重症化する前に迅速な対応を促します。
多職種チームの連携の要: 心不全の治療は、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士など、多くの専門家が関わるチーム医療です。心不全療養指導士は、これらの専門職間の情報共有を円滑にし、患者さんにとって最適なケアが一貫して提供されるよう調整役を担います。

心不全と共に、しかし豊かに生きる。そのための知識と支援体制が、ここにはあります。あなたの旅路がより穏やかで、希望に満ちたものになるよう、私たち専門家チームが全力でサポートします。まずは、あなたの不安や疑問を、私たちにお聞かせください。そこから、より良い明日への第一歩が始まります。

1)Yamamoto S, et al. Circ J. 2024 Aug 23;88(9):1360-1371.
2)Lau C, et al.Eur Heart J Qual Care Clin Outcomes. 2022 Nov 17;8(8):830-839.
出展 日本循環器学会 / 日本心不全学会合同ガイドライン 2025 年改訂版 心不全診療ガイドラインを基に作成

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