INOCA(冠攣縮性狭心症・冠微小循環障害)
INOCA(冠動脈に明らかな詰まりがない狭心症)
INOCAとは、「Ischemia with Non-Obstructive Coronary Arteries」の略で、冠動脈に明らかな狭窄や閉塞といった「詰まり」が見られないにもかかわらず、心筋虚血による胸痛などの症状が現れる状態を指します 。これは、冠動脈の「構造的」な問題ではなく、「機能的」な異常が原因で起こると考えられています。INOCAには主に「冠攣縮性狭心症」と「冠微小循環障害」の二つのタイプがあります。
冠攣縮性狭心症(Vasospastic Angina: VSA)
冠攣縮性狭心症は、冠動脈が一時的にけいれんしたように強く収縮し、血管の内腔が急激に狭くなることで、心筋への血流が一時的に不足し、心筋虚血が引き起こされる病気です 。この攣縮は、血管壁の筋肉の過剰な収縮や、血管の内側を覆う内皮細胞の機能障害、血管周囲の炎症などが関与していると考えられています。
冠攣縮性狭心症の症状
- 症状の性質: 安定狭心症と同様に、胸の圧迫感や締め付けられる症状ですが、労作時ではなく、安静時に胸痛が起こりやすいのが大きな特徴です。特に、夜間眠っている間や早朝の起床時に症状が出やすい傾向があります 。また早朝は、運動時にも症状が出る方がいます。
- 誘因: 喫煙、アルコールの飲み過ぎ、精神的ストレス、過呼吸(深呼吸を繰り返すこと)、冷たい空気に触れることなどが発作の引き金になることがあります。
- ニトログリセリンの効果:発作が起きた時にニトログリセリンを使用すると、速やかに症状が改善することが一般的です。
冠攣縮性狭心症の診断方法
- 心電図検査: 発作時の心電図変化が記録できれば、診断に非常に有用です。ホルター心電図(24時間心電図)で発作時の変化を捉えることもあります 。
- 冠攣縮薬物誘発試験: 診断のゴールドスタンダードとされる検査です。心臓カテーテル検査中に、アセチルコリンやエルゴノビンといった薬剤を冠動脈内に直接投与し、意図的に冠動脈の攣縮を誘発させます。攣縮が確認され、かつ胸痛や心電図変化といった虚血所見が伴えば、冠攣縮性狭心症と診断されます。
冠微小循環障害(Coronary Microvascular Dysfunction: CMD)
冠微小循環障害は、心筋の内部を網の目のように走行している非常に細い血管(冠微小血管)の機能に異常が生じ、心筋への血流が十分に確保できなくなる状態です 。太い冠動脈には問題がなくても、この微小血管レベルでの血流調節がうまくいかないために心筋虚血が起こります。
原因としては、心臓が多くの酸素を必要とするときに微小血管が十分に拡張できない(血流需要増大に応じられない)、微小血管自体の構造的な変化(内腔が狭くなる、数が減るなど)、あるいは微小血管が攣縮することなどが考えられています。
※微小血管の構造(図1)
冠微小循環障害(CMD)の診断方法
心外膜冠動脈(太い冠動脈)に有意な狭窄や攣縮がないことを確認した上で、冠微小血管の機能異常を証明することによって行われます。
冠血流予備能(CFR)の測定: 心臓カテーテル検査の際に、薬剤を冠動脈内に投与し、冠血流が最大に拡張した状態と安静時の血流速度の比を測定します。(図2)
微小血管抵抗指数(IMR)の測定(図3): 心臓カテーテル検査の際に、プレッシャーワイヤーと温度センサー付きガイドワイヤーを用いて、冠動脈内の圧力と血流速度から微小血管の抵抗を算出します。(図3)
冠攣縮薬物誘発試験: 心外膜冠動脈の攣縮を評価するとともに、冠血流速度の低下や心電図変化、胸痛の出現などから冠微小血管攣縮を診断することがあります 。
これらの検査を組み合わせて、心筋虚血の原因が冠微小血管の機能異常によるものかを総合的に判断します。INOCAの診断においては、冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害が併存することもあるため、両方の可能性を考慮した評価が重要です。
INOCAの治療
INOCAの治療は、主に症状を和らげ、生活の質を改善することが目標となります。原因となる冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害で、治療法のアプローチが少し異なります。
生活習慣の改善
INOCAの患者さんにとっても、生活習慣の改善は治療の基本です。
- 冠攣縮性狭心症の場合: 禁煙、節度ある飲酒(飲みすぎを避ける)、精神的ストレスの回避、寒冷刺激を避けることなどが特に重要です 。
- 冠微小循環障害の場合: 高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満といった一般的な動脈硬化の危険因子を管理することが推奨されます 。
お薬による治療
冠攣縮性狭心症に対しては、カルシウム拮抗薬や硝酸薬といった冠動脈の攣縮を予防する効果がある薬を使用します。冠微小循環障害の治療はまだ確立されたものが多いわけではありませんが、症状や病態に応じて薬が検討されます。
運動療法のすすめ
INOCA患者さんにおいても、安定狭心症や急性冠症候群と同様に、運動療法が推奨されています。
冠動脈疾患と上手に付き合っていくために
病気を正しく理解し、医師や医療スタッフと協力しながら、前向きに治療や予防に取り組むことで、症状をコントロールし、発作や再発のリスクを減らし、以前と変わらない質の高い生活を送ることは十分に可能です。ご自身の体と向き合い、できることから一つひとつ継続しきましょう。
